著者・出版社情報
著者:中島 美鈴, 稲田 尚子
出版社:星和書店
概要
『ADHDタイプの大人のための時間管理ワークブック』は、ADHD(注意欠如・多動症)の特性を持つ大人が陥りがちな時間管理の悩みを解決するために執筆された、実践的なガイドブックです。衝動性や不注意、多動性といったADHD特有の特徴によって、日常のタスクが思うように進まず、つい先延ばししてしまったり、締め切りに間に合わなかったりする人は多いでしょう。本書では、そうした「時間が守れない」「計画通り行動できない」という課題に焦点を当て、ワークシートや具体的なテクニックを通じて、ADHDの特性と上手に付き合いながら、自分なりの効率的な時間管理術を身につける方法を紹介しています。
冒頭ではまず、ADHDならではの「衝動性」の問題が時間管理を大きく阻害するメカニズムを解説します。瞬間的な快楽や達成感を優先してしまうため、長期的に見ると本当に必要なタスクが後回しになりがちです。また、欲しい結果が得られないまま毎日が終わるため、ストレスや自己否定感につながることもあります。しかし、本書を通じて示されるのは「自分の価値観を見極める」「時間の使い方を記録する」「計画を立てて優先度を決める」という一連のプロセスを確立すれば、少しずつでも自己管理能力を高めることができるという明確な希望です。
活用法
1. ADHD特有の衝動性を理解し、自分の価値観を明確にする
ADHDを持つ人は、しばしば「その場その場の快楽」に流されやすく、「長期的に見れば自分が本当に求めていること」を後回しにしてしまう傾向があります。例えば、SNSやゲームの誘惑についつい負けてしまい、本来やるべき業務や家事を後回しにして、夜中になってから慌てることもあるでしょう。本書の冒頭では、まず「自分の価値観」を明確化し、長期的なゴールを設定することの大切さを説いています。
言い換えれば、「何のために時間を使うのか」という根本的な問いに答えを出さないまま、やみくもにタイムマネジメントの手法だけを取り入れても、結局はモチベーションが維持できずに挫折しがちだということです。そこで本書ではワークシートを用いて、自分が今後の人生で大切にしたいこと、やりたいこと、嫌でも避けられない義務などをリストアップし、将来像を描くステップが示されています。これはいわば、時間管理を始める前の「地図づくり」に相当し、自分がどこへ向かおうとしているのかをはっきりと定める作業です。
2. タイムログをつけて「今の使い方」を客観的に把握する
時間管理が上手くいかない要因の一つとして、「現実の所要時間」と「頭の中の見積もり」が合っていないことが挙げられます。ADHDの人は特に、「気合を入れればすぐ終わる」と考えてしまいがちで、結果的に予定通り進まなかったり、見積もりが大きく外れたりしてしまうことが多いです。
そこで本書では、タイムログというアプローチが紹介されています。具体的には、1日の行動を細かく記録し、「何時から何時まで、どこで、何をやっていたのか」をメモに残していきます。最初は手間に感じるかもしれませんが、これによって「意外と朝の準備に1時間もかかっていた」「ネットサーフィンに毎日2時間以上使っていた」という現実を突きつけられるのです。この「客観的な事実」を把握しない限り、根拠のないやる気やイメージで計画を立ててもほとんど上手くいかない、というのが本書の大きなメッセージでもあります。
3. スケジュールにタスクを落とし込み、優先度の低いものは意図的に捨てる
ADHDの人は、多くの場合頭の中でタスクを管理しようとしがちです。しかしその結果、タスクを思い出すタイミングがバラバラで、「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」と気持ちだけ焦って実際には何一つ進まないという事態になりがち。
本書が提案するのは「スケジュール帳(あるいはデジタルツール)にタスクをきちんとブロックとして書き込む」方法です。タスクを区切って配置し、何時から何時までに何をやるのかを明確にします。そして最も重要なのは、全部を詰め込んではいけないという点です。優先度の低いタスクは大胆に後回しにしたり、別の日に移動したり、あるいは捨てる(やらない)という選択をすることも重要だと本書は教えます。ADHDの衝動性や忘れっぽさを補うには、ある程度「書いてある通りに動く」仕組みが必要であり、その仕組みはタスクを詰め込みすぎないことで成り立ちやすくなるのです。
4. 「15分ルール」や「デッドライン再設定」で先延ばしを防ぐ
ADHDの人が特に苦労するのが「先延ばし」。やらなければならないタスクがあっても、「まだ時間がある」「あとでまとめてやるほうが効率的」と理由をつけて手をつけず、結果として締め切りギリギリか、あるいは間に合わないというパターンが繰り返されることは珍しくありません。
本書で紹介されるテクニックの一つに、「15分だけやってみる」という方法があります。いきなり大きなタスクを完遂しようと構えるとハードルが高く感じられますが、「15分だけ集中して取り組む」と決めてしまえば、意外と始めやすいものです。また、15分経ったら一旦休憩を入れるか、もし勢いがついていれば続けるかを選択する。これによって衝動性や飽きっぽさにも対処しやすくなるわけです。
さらに、デッドラインが現実的でない場合は「締め切りを細分化」し、タスクを小さく区切ってそれぞれにミニ締め切りを設ける方法も有効と本書は提案しています。1週間後の提出物でも、「今日は資料集め、明日は下書き、あさって推敲」と段階的に設定すれば、一気に全てをこなすのとは違って、計画的に進めやすいというわけです。
5. 環境調整と習慣化で「気合に頼らない」仕組みをつくる
ADHDの時間管理は、本人の意志力や気合だけに頼ると失敗しやすいのが実情です。そこで大切なのが、「環境調整」と「習慣化」という概念。本書では、以下のような具体例が示されています:
- 作業環境を整える:デスク周りに不要なモノを置かない、雑音が入りづらい部屋を選ぶなど
- 視覚的に時間を意識:大きなデジタル時計やタイマーを置き、時間の経過を常に目に入れる
- タスクを習慣化:朝起きたら10分で机を片付ける、夜9時以降はスマホをリビングに置くなど、ルールを決める
これらはいずれも、「行動を起こすときの障壁を下げる」ことを目指しています。ADHDは衝動的な行動に走りやすいので、ポジティブな行動をするハードルをできるだけ低く、逆に先延ばしや寄り道のハードルを高くする仕組みを作るのが賢明なのです。本書のワークブックには、こうした習慣を定着させるためのチェックリストや行動記録表が多く収録されているため、試行錯誤しながら自分に合った設定を見つけることができます。
6. 周囲の理解とサポートを得るためのコミュニケーション方法
ADHDの時間管理が上手くいかない背景には、社会的な誤解や本人の自己評価の低さが絡んでいることが多いと言われています。職場や家庭で「なんでこんな簡単なことができないの?」と責められると、当事者は自信を喪失し、ますますタスクを先延ばししがちになってしまう悪循環に陥ることも。
本書では、こうした周囲からの理解を得るためのコミュニケーション戦略が示されています。自分がどういうときに弱いのか、どんな配慮があればパフォーマンスを発揮できるのかを具体的に伝えることで、職場では勤務形態の調整や報告ルールの確立など、家族ならば生活リズムや家事分担の配慮などをしてもらいやすくなります。ただし、ADHDが「免罪符」になるわけではなく、自分自身も努力している姿勢を見せることが重要だという点も強調されているのが特徴です。
所感
時間管理に関する本は数多く存在しますが、ADHDという特性を持った人に特化して書かれた書籍はまだ多くありません。『ADHDタイプの大人のための時間管理ワークブック』は、まさに「衝動性」「不注意」「多動性」などの要因が時間管理に及ぼす影響を専門的な知見から丁寧に分析し、具体的な解決策を提示している点で大きな意義を持つと思います。
日々「締め切りが守れない」「朝が弱くて遅刻してしまう」「大事な用事をすぐに忘れてしまう」といった悩みが続き、自信を喪失しているADHDの当事者は少なくないでしょう。しかし、本書のワークシートを実践する中で、「意外と小さな工夫で大きく改善する」場面が多いことに気づけるはずです。もちろん、実際に行動を変えるには根気が要りますが、そこを支えるためのセルフモニタリングや習慣化のテクニックもたくさん用意されています。
また、ADHDの特性はネガティブに捉えられがちですが、逆に「行動力」「発想の豊かさ」「興味あることへの没頭力」などメリットが存在することも事実。本書を読んで時間管理が少しずつ上達すれば、ADHDの人が本来持っている良い面を活かせる場面も増えるのではないか、と感じました。
まとめ
『ADHDタイプの大人のための時間管理ワークブック』は、ADHDの傾向を持つ人向けに、「なぜ時間管理が苦手になるのか?」という根本原因を解き明かしながら、ワークシートや具体的なタスク管理テクニックを使って改善策を提示する、実践的な一冊です。衝動性や不注意によって大切なことを後回しにしてしまったり、気づけば一日が終わっていたりする状況から抜け出すきっかけになるでしょう。
本書のポイントは、単に「時間を有効活用しましょう」という精神論ではなく、価値観の明確化から始めて、タイムログをつけることで現実の所要時間を把握し、予定表や15分ルールなどの具体的スキルを積み重ねるプロセスを丁寧に解説している点です。また、書籍内で紹介されるワークシートは、ADHDの症状を抱える人が陥りやすい盲点を見逃さないように設計されています。
ADHDの時間管理の問題は、本人の努力不足ではなく、脳の特性からくる症状が大きく関わっています。しかし、そうした特性を自覚しながら、環境調整や計画の立て方を少しずつ改善していけば、日々の生活における達成感や充実感は大きく変わるはずです。このワークブックは、そのための確かな道しるべとなってくれるでしょう。忙しい現代社会で「時間に振り回される毎日」を抜け出したいと感じているADHDタイプの人だけでなく、時間管理が苦手だと感じるすべての人にとっても、学びの多い一冊ではないでしょうか。
コメント