著者: 湊 かなえ
出版社: 双葉社
複雑な人間関係と死生観
物語の中心人物:桜井由紀と草野敦子
本作は、桜井由紀と草野敦子という二人の高校生を中心に展開されます。幼馴染であり親友である二人ですが、各々が抱える内面の葛藤や異なる価値観から、徐々に心の距離が生じていきます。由紀は「死の瞬間」を見たいという好奇心に駆られ、一方の敦子は自分の過去の自殺願望と向き合い、「死体を見ることで強くなれるかもしれない」という希望を抱いています。二人はこの思いを直接伝え合うことなく、異なる方法で「死」に向き合う決意を固め、それぞれの道を歩み出します。
由紀の「死」との対峙
由紀は、S大学附属病院の小児科でボランティアを行い、「死の瞬間」に近づこうとします。ここで出会ったのが、小太りのタッチーと、美少年の昴という二人の少年。特に昴との関わりは深く、彼の命が残り少ないと知りつつ、彼の最後の願いを叶えるために奔走することになります。由紀は昴の離れ離れになった父親を探し出そうとし、数々の手がかりを辿る中で予期せぬ危険と向き合うことになるのです。
敦子の「死」との向き合い
敦子は老人ホームでのボランティアを通じて、死を身近に感じる機会を得ようとします。彼女はここで中年男性の高雄とペアを組み、老人たちの最期に立ち会うことで、死に関する考えを確立しようと試みます。ある老人を助ける場面で、死を単純に観察する対象としてではなく、もっと尊いものと感じるようになり、徐々に自分の「死」に対する見解が変化していくのです。
真実と驚愕のクライマックス
由紀と敦子の再会と衝撃の結末
物語が進むにつれ、由紀と敦子は再び交わり、互いに異なる体験を経たことで再び絆を確認し合います。しかしその結末には、驚くべき事実が待ち受けています。実は、昴はタッチーと名前を入れ替えており、彼の本当の目的は父親に対する復讐であったのです。父親への憎しみが募る中、昴はナイフで父親を襲おうとしますが、それを阻止する敦子の行動によって、二人の友情と死生観が再度揺れ動きます。
滝沢紫織の遺書と事件の真相
物語の最終局面で、物語冒頭で触れられた「自殺」の遺書の持ち主が滝沢紫織であることが明らかにされます。彼女は示談金目当てに嘘の痴漢被害を訴え、その結果、高雄が冤罪に巻き込まれることになった過去があったのです。この事実が明らかになることで、紫織がその嘘の重みと社会的圧力から逃れられず、最終的には自ら命を絶つ選択をしたことが理解されます。
所感
『少女』は、人間関係や死生観という重く、複雑なテーマを通じて、読者に深い問いを投げかけます。
日常の中で、私たちもまた表向きの言葉や態度に隠された感情や意図を見逃しがちです。この物語のように、隠れた真意や過去の経験が、どれほど人の行動や考え方に影響を与えるかを考えると、表面に見えるものだけを信じてはならないのだと感じさせられます。
また、桜井由紀と草野敦子がそれぞれの方法で「死」に向き合う姿勢は、自分の過去や経験、そして価値観と向き合う姿そのものであり、共感を覚えます。由紀の好奇心や敦子の恐怖を乗り越えたいという思いは、私たちが普段避けがちな負の感情とも似ています。
物語の最終盤での二人の体験が交わり、友情が再確認される場面には、単なる友情ではない、より深い意味が含まれているように思えます。人は一人では自分を見つめることが難しく、他者との関わりによって初めて自己の輪郭が浮かび上がるのかもしれません。そしてそれが、友情や家族愛、恋愛など多くの対人関係の本質であることを、本作は静かに、しかし力強く教えてくれます。
まとめ
本書『少女』は、湊かなえによる深い心理描写と複雑な人間関係を描いた秀作です。
桜井由紀と草野敦子という二人の少女が、それぞれの異なる「死」への向き合い方を通じて、人生や友情、そして人間としての成長について深く考えさせられます。
**人間関係**は、表向きには分からない多くの感情や背景を抱えており、それらが人と人との間に微妙なズレや誤解を生み出します。本作を通じて、表面だけではなく、相手の内面にも目を向ける重要性が浮き彫りにされていると感じます。さらに、物語の最終盤で明かされる滝沢紫織の過去が、偽りや嘘がもたらす自己崩壊の恐ろしさを如実に伝え、読者に警鐘を鳴らします。
人は、どうしても隠しきれない感情や痛みを抱えており、それをどう対処するかが生き方に大きな影響を与えることを改めて実感します。本作を通じて、過去の過ちや経験を反芻しつつ、今の自分とどう向き合うかを考えさせられ、読後の余韻が長く心に残る作品でした。
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