著者・出版社情報
著者: ジャック・シェーファー, マーヴィン・カーリンズ
出版社: 東洋経済新報社
概要
『元FBI捜査官が教える「情報を引き出す」方法』は、FBIでの長年の捜査経験を持つジャック・シェーファー氏と心理学者マーヴィン・カーリンズ氏が共著し、対人コミュニケーションで相手の本音や有益な情報を自然に引き出すための実践的テクニックを解説した一冊です。
タイトルこそ「情報を引き出す方法」を強調しますが、本書全体を通じて訴えられているのは、やはり信頼関係(ラポール)が肝心という点。FBIの捜査現場では尋問や潜入といった状況で、相手との心理的な壁をいかに速やかに崩すかが成否を分けます。しかしこのスキルは、ビジネスや日常生活でも十分に応用可能であり、単なるテクニックの羅列で終わらず、相手への思いやりや共感を伴ったコミュニケーション術として学ぶことができます。
主要内容
本書は、相手の「イエス」を引き出す大前提として信頼を築く方法を中心に、多数の実践的技術を紹介します。
ラポール構築の重要性
エトス・パトス・ロゴス
ギリシャ哲学(アリストテレスの『弁論術』)に由来する概念で、エトス(信頼性)、パトス(感情的訴求)、ロゴス(論理的訴求)の3つが説得の三要素だとされます。中でも最初に重視すべきはエトス、つまり相手から「この人は信頼できる」と思われることです。本書もまさに、その信頼を得るステップを端緒にすべきだと説きます。
信頼の土台づくり
人間は防衛本能として、自分の意見を簡単に変えない傾向があります。しかし、相手の感情や視点に寄り添い、強引にならない形で理解されている感覚を与えれば、徐々に情報をオープンにしてくれるというのが著者の主張です。
具体的テクニック
ミラーリング
相手の仕草や言葉遣いを自然に真似ることで無意識の親近感を抱かせる技法。元FBI捜査でも、容疑者との聞き取り時に違和感なく信頼を得るために活用されたといわれます。
バックトラッキング
相手の発言を部分的に繰り返すことで、「あなたの話をちゃんと聞いています」という安心感を与える。例えば「最近忙しくて」と言われたら、「忙しいんですね、どんなことで大変なんですか?」と返すことで、相手はさらに話を深めてくれる。
オープンクエスチョン
「はい/いいえ」で終わる質問ではなく、相手が説明や感想を広げざるを得ない形で尋ねる。相手に自由度が高い返答を促すことで本音や詳細情報が見えやすくなる。
仮説を立てて“誘導”する聞き方
断定的な投げかけ
あえて相手に否定させることで本音を引き出す技法。本書では、交渉などで相手の限度ラインを探る際に効果的とされる。例えば価格交渉で「この製品の値引きは10%ほどが限界ですよね?」と強めに断定してみると、相手は「いや、もう少し下げられますよ」と否定情報を出すかもしれない。
一貫性の原理
人は自分が一度取った立場・行動を維持しようとする性質がある。以前何かに同意した相手は、その路線を継続しようとするため、「前にこうおっしゃいましたよね?」と確認することで追加の依頼も了承されやすくなる。
フィードバックの与え方と共感の示し方
共感を可視化するコメント
相手が語った内容に対し、ただ「わかります」ではなく、「それは大変でしたね。きっと○○な思いをされたのでは」と言った具合に、相手の感情を言語化してあげる。すると相手は自分が理解されていると感じ、より多くの情報を開示しやすくなる。
沈黙の活用
質問した後、すぐに畳みかけるのではなく、あえて沈黙を作ると、相手は喋らないといけないプレッシャーを感じて自然と追加情報を話す。この沈黙はプロのインタビュアーや尋問官が用いる有名な手法でもある。
所感
小手先の技術に終わらせないための“相手への敬意”が鍵
本書で述べられるミラーリングやバックトラッキングなどは、表面的に捉えれば「テクニックを使って相手を操作しよう」と見えなくもありません。しかし、大切なのは相手に寄り添い、相手の利益も含めて共感する姿勢だと改めて感じさせられます。
どんなに上手い“話術”を駆使しても、根底に誠実さがなければ相手は必ず見抜くでしょう。チャルディーニらの『影響力の武器』でも指摘されているように、人は操作的なアプローチに警戒心を抱きやすい。一方、元FBI捜査官という立場である著者が力説するのは「容疑者に嘘をつくとか、強引に言いくるめるのではなく、あくまで相手が話しやすい状況を作ることが真の情報収集につながる」という点。
言い換えれば、相手を尊重し、相手にもメリットがある形で会話を進めるのが持続的な信頼構築に繋がるのだと痛感させられます。
Win-Winのコミュニケーション術として日常にも応用
この本で紹介される技法は、ビジネスの交渉や警察の尋問に限らず、人間関係全般において応用可能です。たとえば、家庭内でパートナーとのやり取り、子供の本音を聞き出す場面、あるいは職場で部下や上司と建設的に話し合うシチュエーションなど。
人は複雑な防衛本能を持ち、自分の意見や感情をそう簡単に開示しない傾向も多々あります。でも、そっと“人差し指”で突くのではなく、良質な“てこ”を使って少ない力で相手の本音を引き出す。これは聞き手にも余計なストレスを与えず、話し手も不快にならない理想のコミュニケーションの形と言えるでしょう。
「情報を引き出す」よりも「信頼を築く」ことが肝要
タイトルは「情報を引き出す」とややアグレッシブに謳っていますが、内容はむしろ「どう信頼を得るか」「どう対話を円滑にするか」に大きく重心が置かれています。テクニック自体はどれもシンプルでありながら、人間心理の基本を踏まえたうえで組み立てられているので、読めば納得できる部分が多い。
ここで強調したいのは、相手が無理やり答えさせられた結果としての情報は長期的にはあまり価値を持たないかもしれない、という点。むしろ自発的に開示してもらう形が双方にとって有益であり、そこに“尊重”や“協力”が生まれる。だからこそ、本書の技法は単なるテクニック以上の価値を持つのだと感じられます。
まとめ
『元FBI捜査官が教える「情報を引き出す」方法』は、元FBI捜査官が培った“尋問”や“交渉”のノウハウを、私たちの日常コミュニケーションでも役立つように解説した良書です。ミラーリング、バックトラッキング、オープンクエスチョンなど、心理学的裏付けのある技術を使って相手の心を開き、信頼関係を築くプロセスが具体的に示されています。
とはいえ、これらのテクニックは“相手を操る”ためではなく、あくまで敬意を持って話を聞き、相手の利益をも考慮する姿勢とセットでこそ真価を発揮するもの。本書を読むと、交渉や説得術の“即効性”だけでなく、長期的に互いを理解し合うコミュニケーションの意義が、元FBI捜査官の実例を通じてリアルに感じられるはずです。
「相手の話をどう聞き出すか?」という疑問に答える本書ですが、最終的には“相手を思いやる気持ちこそが最強の武器”というメッセージへと繋がっているように思えます。ビジネス、家族、友人、どんな人間関係にも応用可能な心得や技法が満載なので、より良いコミュニケーションを目指す人にはぜひお勧めの一冊です。
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