エビデンスを嫌う人たち: 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか? →【不都合な真実を拒む心と、その対話への処方箋】

BOOK

著者・出版社情報

著者:リー・マッキンタイア
出版社:国書刊行会

概要

本書『エビデンスを嫌う人たち: 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』では、いわゆる科学的根拠(エビデンス)を信じない、あるいは否定的な態度を示す人々の心の内を探り、どのようにして彼らの考え方を変え得るのかを明らかにしようと試みています。著者のリー・マッキンタイアは、実際に「フラットアース(地球平面説)」を信じるコミュニティや炭鉱地域での対話の現場に飛び込み、さらに気候変動やワクチン、安全保障など、現代社会を取り巻く陰謀論・科学否定論の現場をフィールドワークとして観察。現地での会話を通じて、彼らがなぜ科学を否定するのかを丹念に分析しています。

ここで示されるのは、科学的リテラシーの欠如だけが問題なのではないということです。さまざまな要因—たとえば、経済的状況やコミュニティの圧力、既存の権威への不信感、そして自身の感情やトラウマ—が複合的に絡み合って、「エビデンスを信じない」という態度を生んでいると著者は指摘します。さらに、そうした態度を持つ人々とどう対話し、どのように接すれば良いのかを、本書は具体的なアプローチとして提示している点が大きな特徴です。単に「正しいデータを示せばいい」というシンプルな解決策が通用しない現代のリアルな状況をふまえ、コミュニケーション方法の最前線を教えてくれるのが、この一冊と言えるでしょう。

特に、新型コロナウイルスをめぐる陰謀論や、米国で再度大統領に就任したトランプ氏が盛んに発信する、科学的根拠に乏しい言説の影響を考えるとき、本書の内容は一段と説得力を増します。世界が混乱しやすい状況下では、SNSやインターネットを通じて、根拠のない主張や恐怖を煽るメッセージが一気に拡散していくことを私たちは目の当たりにしました。リー・マッキンタイアが提案する「いかにして対話し、相手の思考パターンを崩し、少しずつ納得へ導くのか」という議題は、私たち一人ひとりが直面する必要のある課題です。

活用法

科学否定論者の「なぜ」を理解するために使う

エビデンスを重んじる立場の人々にとって、科学否定論者の言動は理解しがたいものと映ります。しかし、なぜ彼らは論理に反する主張を曲げずに持ち続けるのか。本書を活用する第一の方法は、その「なぜ」を理解することにあります。
根拠のない主張を好む理由には、コミュニティの結束社会的排斥への恐怖、あるいは自分や家族のつらい体験を何とか合理化したいという心理的動機があることが、多くのフィールドワークで実証されています。たとえばワクチンに関する誤情報が広がった背景には、子どもの疾患や障害の原因を親が「何か外部の悪」に求めることで、自己否定の苦しみから逃れたい心理が関係する—といった具合です。
こうした事例を知ることで、「彼らはただ無知だから信じているのだ」「科学に対して反抗的だから否定しているのだ」と片付けるのではなく、根本にある人間的な感情や思考プロセスを理解しやすくなります。この視点を得るだけでも、科学否定論者との会話において感情的な対立を避けられる可能性が高まるでしょう。

説得や対話の具体的ステップを学ぶために使う

本書の随所に、科学否定論者との対話で著者が実際に試した、あるいは専門家の間で推奨される説得のステップが示されています。そこには大きく3つの鍵があります。

1. 共感から始める
論理的なデータや証拠を先に押し付けるのではなく、まずは相手のストーリーを聞くことが重要と繰り返し強調されています。特に、フラットアース説を信じる人々の国際会議に潜入した体験談では、著者自身が「なぜ彼らがそのように強く確信しているのか」を徹底的に聞き取った上で、少しずつ質問を投げかけるというプロセスが語られます。

2. 小さな疑問から問いかける
一度に膨大なデータや科学的説明を展開しても、相手は「洗脳」や「攻撃」を受けていると感じてしまうことがあります。そこで著者が勧めるのは、「具体的な事象」を切り口に、小さな疑問を相手に提示する方法です。たとえば、「もし地球が平らだとしたら、南極の扱いはどうなるのか」「気候変動が嘘だとしたら、頻発する異常気象はどう説明するのか」といったかたちで、あくまでも相手が考え抜くきっかけを与えるのです。

3. 信頼を壊さないコミュニケーション
相手が全く科学の根拠に耳を貸さない姿勢だからといって、頭ごなしに「それは間違っている」「デマに騙されている」と言ってしまうと、たちまち壁が生まれます。本書は、科学否定論者こそ「自分たちは正しい、マイノリティとして迫害されている」と感じている場合が多いと分析しており、そのために感情を逆なでしない慎重なコミュニケーションが重要だと説きます。特に「質問」によるアプローチは、相手自身が論理の矛盾に気づくチャンスを作り出し、説得への扉を開きやすくします。

社会問題(気候変動やワクチン)への対話に活かす

気候変動否定論やワクチン陰謀論は、本書の中心的なテーマの一つです。こうした大きな社会問題では、政治的・経済的思惑も絡むため、単なる「科学の正しさ」だけでは説得が進まないケースが多々あります。
著者は、地域の歴史や雇用問題(たとえば炭鉱地域の経済事情)を理解した上で、住民にとって何が「怖い真実」で、何が「都合の良い真実」なのかを探る必要があると指摘します。エネルギー産業に依存している地域では、気候変動対策に伴う雇用不安が「気候変動は嘘だ」という主張を後押しする背景になりやすいのです。
このような現場で活用できるのは、まず地域住民の声を丹念に聞き、彼らの生活や価値観を理解し、その上で「どうすれば科学的事実を踏まえた政策や方針が彼らの利益にもなるか」を共に考えていくプロセスです。本書をガイドラインとしながら、単に「データはこう言っているからやりましょう」ではなく、「この新しい技術や施策が、地域にとってもメリットがある」ことを丁寧に対話し、説得する道を探ることが必要でしょう。

個人のコミュニケーションスキルとして役立てる

科学否定論というと、大きな社会問題や陰謀論コミュニティを連想しますが、本書の提案は日常のコミュニケーションスキルとしても活用できます。たとえば、家族や友人の中で何らかの根拠に乏しい噂話や誤解が盛り上がったときに、どのように振る舞えば良いのか。
著者が繰り返し示すのは「まず相手を尊重し、話を聞く」ことと「理詰めで迫るのではなく、相手に自分で気づかせるきっかけをつくる」ことです。これは、いわゆるビジネスの交渉術やセールストーク、はたまたカウンセリング技法にも通じるところがあります。
日常の場面でも、相手の思い込みやバイアスを無理やり否定するのではなく、いくつかの問いかけをすることで「それって本当なんだろうか?」と相手自身が振り返る時間を与えるのは非常に有効です。本書のエピソードを参照しながら、どんな質問が効果的か研究してみると、対立を招かないコミュニケーションが上達するはずです。

教育現場や情報リテラシー向上の教材として利用する

インターネットやSNSが発達した社会では、誰もが簡単に情報発信ができる半面、根拠のないデマや陰謀論も爆発的に広がるリスクがあります。本書が提案する「科学的思考」や「対話のアプローチ」は、まさに情報リテラシー教育の一環として活用できるでしょう。
たとえば学校の授業で、気候変動やワクチンの課題を取り上げるだけでなく、「実際に科学否定論者の主張にどう対処すればいいか」をケーススタディとして学ぶのも一法です。その際、本書に掲載されているフラットアース会議での実録や、炭鉱地域の住民との対話事例を紹介すれば、生徒たちは「なぜこんなにも筋が通らないように見える主張が支持されるのか?」を具体的に学べます。
さらに、トランプ大統領が放つ陰謀論的メッセージがどのように拡散され、どれほど多くの人々に影響を与えているか、といった現代的な問題にも適用可能です。若い世代がSNS上の情報を受容するとき、どこに注意し、どうやってファクトチェックを行うのかを身につける絶好の教材となるはずです。

社会の未来を考えるための指針として読み込む

科学的エビデンスを無視する態度が広まることは、現代の民主主義や経済政策、医療、環境対策など、あらゆる分野に深刻な影響を及ぼしかねません。著者は「エビデンス重視の姿勢が社会の安定と発展を支える一方で、科学否定論がもし広範囲に蔓延するとどうなるか」を警鐘として鳴らしています。
パンデミック下での陰謀論拡散が、接種率の低下や医療リソースの混乱につながったことを見ても、社会全体が受けるダメージは計り知れません。だからこそ、本書が提案する「科学否定論者と対話を続け、少しでも理解を深めてもらう」努力は、単なる個人的スキルにとどまらず、社会基盤を守るうえでも欠かせないものだとわかります。政治や行政に携わる人々はもちろん、企業経営者、医療関係者、教育者など、多くの立場の人が本書の視点を取り入れれば、より強固で理性的な社会を築ける可能性が高まるでしょう。

所感

コロナ禍を経験した今、そしてトランプ大統領が再就任して世界が再び混乱の渦中にある今、私たちは「エビデンスを信じない姿勢」の怖さを肌で感じています。一昔前ならば、過度に根拠が欠けた主張は、マスコミや学術界が黙殺していれば済む場合もありました。しかし、SNSやインターネットが浸透した時代では、論理が通っていない主張であっても、感情に訴えるキャッチーなメッセージとして一瞬で拡散し、多くの人の行動を変えてしまうほどの影響力を持ちうるのです。
本書を読むと、科学否定論者を単純に「あの人たちは頭が悪いから信じているんだ」と切り捨てるのではなく、「なぜそこに至ったのか」「どんな背景や心理があるのか」を考えようとする姿勢こそが、説得と合意形成のスタートラインだと再認識できます。さらに大事なのは、その先にある具体的な対話の方法です。著者のフィールドワークは極端な例(フラットアースや炭鉱地域など)が多く見られますが、その分、一般的な状況での応用もしやすく、実際に我々が持つさまざまなコミュニケーション課題にヒントを与えてくれます。
「共感を示しながら少しずつ相手に疑問を投げかける」「自分で気づいてもらう」「相手の恐怖心や不安を否定せずに受け止める」「信頼関係を壊さない」—こうした姿勢は、人と人との関係性を豊かにする基本なのだと思わされます。

まとめ

『エビデンスを嫌う人たち: 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか?』は、科学的根拠を無視したり陰謀論に走ったりする人々と、どう向き合い、どんなコミュニケーションを取れば対話が成立するのかをリアルな事例とともに示してくれる一冊です。

著者のリー・マッキンタイアは、フラットアース会議への潜入や気候変動否定論者との交流、炭鉱地域での住民インタビューを通して、彼らが単に「無知」なのではなく、「不都合な真実」を受け入れられない理由や「都合のいい真実」を信じたい理由がいかに人間的で複雑な要因を孕んでいるかを浮き彫りにしています。

さらに、説得においてはデータの突きつけだけでは不十分だと強調し、まずは共感や信頼を構築した上で、少しずつ質問を重ね、「相手自身の論理破綻に気づかせる」という段階的アプローチが有効だと説きます。この視点は、現代社会の多くの問題(コロナワクチン陰謀論、気候変動への懐疑論など)にも直接応用可能でしょう。

私たちの身近にも、「どうしてそんな論理を信じるんだろう?」と首をかしげる言動が増えていると感じる場面は少なくありません。本書をガイドに、相手を否定するのではなく、一緒に考え、一緒に問いを探し、共通点を見つける努力を重ねていく—そんな対話が、より多くの場で可能になれば、今より少し理性的で穏やかな社会を築く手がかりになるのではないでしょうか。

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プロフィール
あつお

読書で得た知識をAIイラストとともに分かりやすく紹介するブログを運営中。技術・ビジネス・ライフハックの実践的な活用法を発信しています。趣味は読書、AI、旅行。学びを深めながら、新しい視点を届けられたら嬉しいです。

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