著者・出版社情報
著者:S・A・サフレン(ほか複数名との共著)
出版社:日本評論社
概要
大人になっても残るADHDの症状は、職場や家庭で集中力や行動管理に大きな影響を及ぼすことが少なくありません。『大人のADHDの認知行動療法<本人のためのワークブック>』は、まさに認知行動療法(CBT)の視点から、この難題に取り組む実践的なガイドを提供する一冊です。著者のS・A・サフレンら研究者・臨床家のチームが、大人のADHD当事者向けに開発したプログラムをまとめており、一つ一つのステップをワーク形式で進めることで、先延ばしや時間管理の困難、タスク整理の苦手さなどを改善していく手順を具体的に学ぶことができます。
本書の特徴は「本人のためのワークブック」と銘打たれている通り、自分で課題を進めていく形式になっている点です。日常生活で悩みになりがちな不注意や衝動性などの症状に対し、「どうやってスケジュールを立てるか」「どのように優先順位をつけるか」「認知の歪みをどのように修正するか」など、CBTで培われた方法論をわかりやすく示しています。文章を読むだけでなく手を動かし、実際に記入や振り返りを行う構成になっているため、より実践的で長続きしやすいのが魅力です。
ADHDという特性は決して「単なる集中力の欠如」だけではなく、衝動性や多動性によって周囲とのトラブルを抱えたり、自分自身がストレスを抱えたりしやすい特質でもあります。とはいえ、しっかりとした対策やサポートがあれば、社会生活を円滑に送りながら自分の強みを活かせる可能性が高まるのも事実。本書はそのためのCBT技法を網羅し、「日々の行動を少しずつ管理しやすくする」道筋を示してくれます。
活用法
ADHD当事者が日々の行動を自己管理するための「実践プログラム」として
認知行動療法に基づく本書のワークブック形式は、ADHD特性を持つ人が「今日、何をどうすればいいか」を具体的に示す実用的なステップを提供してくれます。特に、日常生活で「何から手を付けていいか分からない」と感じる場面では、このワークブックを
“ロードマップ”として使うことが可能です。
– タスク分割: ADHDだと仕事や家事などのタスクが複雑に絡み合い、全体像が見えず混乱しがち。本書のワークシートで「大きな目標→小さな手順」へとブレイクダウンする練習をすれば、1ステップごとに実行しやすくなります。
– 時間管理: スケジュール帳の使い方やポモドーロ・テクニックなど、実際に時間を測定しながら「集中→休憩→集中」を繰り返す仕組みを解説。毎日のルーチンワークにも組み込みやすい手法です。
– セルフモニタリング: 自分がどのタイミングで不注意や衝動を起こしやすいのか、“記録シート”を活用して把握するプロセスが紹介されています。これによって、「この時間帯は集中力が落ちるから事前に休憩を入れよう」などと前もって対策が打てるようになります。
ADHD特性を持つ本人が、毎日少しずつワークブックに向き合うことで、自分独自の行動パターンや認知の癖を把握し、必要に応じて生活を調整する習慣が身に付くというのが本書の狙いです。
家族や職場の人が当事者をサポートする指針として
ADHDは本人だけでなく、家族や同僚、上司など周囲の人がその特性を理解しないと、互いにストレスを感じることが多くなります。本書のワークブックに沿って、サポートを行う際の指針として活用することも有効です。
– 環境調整: 会社の席を騒がしい場所から離す、余計な物を視界に入れないなどの“集中しやすい職場作り”。本書には「書類整理」や「視覚刺激のコントロール」など具体案が豊富です。
– 報告・連絡の仕組み: ADHDだと細かい報告や書類提出を忘れやすい。本書で示される「チェックリスト」の作り方や「定期的なフィードバック」の方法を使えば、周囲が円滑に協力し合える仕組みを作りやすくなります。
– 家族とのコミュニケーション: 家庭では、時間管理や先延ばしの問題を巡ってケンカになりがち。しかし本書のステップを家族が理解し、常に“このワークブックの第○章にある方法を一緒にやってみよう”と連携すれば、当事者が一人で悩まなくても済むようになります。
このように、周囲の人が本書を一緒に読み、具体的なサポート体制を整えるだけで、当事者の生活は格段に改善する余地があります。
専門家が診療やカウンセリングで用いるテキストとして
ADHDを扱う医師や臨床心理士、カウンセラーにとっても、このワークブックは診療やセラピーセッションの実用的な教材として役立ちます。個別指導や集団プログラムにおいて、ワークブックの各章に沿って進めることで、一定の標準化されたプロトコルを提供できるからです。
– セッション構成が明確: 各セッションで取り組むスキル(ToDoリスト、問題解決、認知再構成など)が区分されているため、専門家はクライアントの進捗に合わせて柔軟に調整しやすい。
– 客観的評価: ワークシートの記入結果から、当事者がどのくらいタスクを実践し、どんな認知の歪みが残っているか把握できる。経時的な評価が容易になる。
– 家庭課題(ホームワーク): CBTの肝とも言える「課題を自宅で実践する」仕組みをスムーズに組み込める。セラピーの合間の期間も継続してスキルを身につけられる。
専門家が本書を参考にするだけでなく、患者さんやクライアント自身もワークシートに触れながら学ぶため、“二人三脚”で改善を進めることが期待できます。
普段の生活の困りごと(先延ばし、忘れ物、衝動買い)を解消するための自己啓発ツール
本書はADHD向けと銘打たれていますが、“先延ばし癖”“集中力不足”“もの忘れ”などに悩む人全般にとっても、CBTベースの行動・認知修正スキルは十分応用可能です。ADHDと診断されていない人でも、同様のテクニックで生活を改善できます。
– ToDo管理: シンプルなTODOリストだけでなく、優先順位付け、タスク分解のスキルをワーク形式で練習できるため、「やるべきことが多くて混乱している」人にも有効。
– 先延ばし撃退: やる気が出ずに“ギリギリまでやらない”というパターンに対し、本書の問題解決ステップを使うことで一歩ずつタスクに取り掛かる“仕組み”を作れる。
– 注意コントロール: スマホやSNSなど誘惑が多い時代、ポモドーロ・テクニックや環境整理による集中管理はADHDに限らず誰にでも役立つ。認知行動療法の考え方を理解すれば、自分の意志力だけに頼らず“仕組み”で乗り切る道が見えてくる。
このように、ADHD当事者以外でも自分の時間管理やタスク処理を見直したい人なら、多くの章が自己啓発ツールとして利用できるでしょう。
所感
ADHDといえば「子どもの頃の問題」とイメージされがちですが、大人になってからも症状が続くケースは少なくありません。しかも大人の場合、学校のサポート体制もなく、社会に出て仕事や家庭をこなしながら注意欠陥や衝動性に振り回されるという苦しみが深刻化しやすいのです。そんな中で『大人のADHDの認知行動療法<本人のためのワークブック>』は、より実践的に“今日からできる対策”を示してくれる貴重な存在だと感じました。
とりわけ良いと感じるのは、「ただ説明を読むだけでなくワークシートを通じて自分の生活を具体的に整理できる」という点です。ADHDの人はどうしても抽象的なアドバイスだけでは行動に移せず、結果としてまた先延ばしや混乱を招きがち。しかし、この本では「この章を読んだら、次はこのシートに書き込んでみよう」という流れが明確なので、順を追ってステップアップしやすい構造になっています。
また、本書はCBT(認知行動療法)のエビデンスを背景にしており、単なるハウツー本よりも心理学的な裏付けがしっかりしているのも大きな信頼ポイントです。認知の歪みをどう再構成するかや、集中力が途切れたときのセルフモニタリングなど、既に多数の研究で効果が認められているテクニックをADHD向けに応用しているため、根拠が明確で実践へのモチベーションも湧きやすいと思われます。
ただし、ワークブックを使って成果を出すには継続が不可欠。ADHDだと飽きやすかったり、途中で中断したりするリスクがあります。そこで本書では、支援者(家族、カウンセラー、友人)を巻き込んでやるのが望ましいとされており、まさに“一人で抱え込まず、周囲のサポートを得ながらコツコツ取り組む”スタンスが効果を高める鍵だと再確認できます。
私自身は、ADHD特性を持っていなくても、本書で紹介されているタスク整理や認知再構成などのスキルは「どんな人にも有用」だと感じました。結局のところ、先延ばしや集中力不足は多くの人が悩むテーマであり、CBTの手法は自分を客観視して行動を制御するうえで非常に役立ちます。だからこそ本書が「ADHD以外の人でも読める」と言われるゆえんなのでしょう。
まとめ
『大人のADHDの認知行動療法<本人のためのワークブック>』は、ADHD特性を持つ成人を対象に、認知行動療法(CBT)のノウハウを活かした実践的な課題を提供してくれるガイドブックです。各章で扱うスキルは以下のように多岐にわたります:
– タスク分割: 大きな仕事やプロジェクトを小さなステップに分け、最初の一歩を踏み出しやすくする
– スケジュール管理: 優先順位付けや時間割の作り方を習得し、先延ばしの癖を矯正する
– 集中力向上: 環境の整え方(音や視覚刺激を減らす)、短時間作業+休憩のリズムを作る
– 認知再構成: 自分の思考の歪み(どうせ自分はダメだ等)に気づき、より適応的な考えに切り替える
– 問題解決スキル: 困難な課題に直面したとき、論理的にステップを考え、試行錯誤を重ねる技法
こうしたCBTの理論とスキルが、ワークシート形式で具体的に説明されているため、当事者が一歩ずつタスクをこなしながら自分を変えていくのを助けます。また、家族や職場の人がサポートするうえでも大いに役立ち、バラバラだった支援がまとまりやすくなるでしょう。
まとめると、この本は
1. ADHD当事者が日々の悩み(集中、先延ばし、衝動的ミスなど)を改善するための具体的ワークを提示
2. 家族や周囲が支援する際の指針にもなる
3. 臨床家や専門家にとって、標準化されたCBTプログラムの教材として有用
4. 先延ばしや行動管理で苦しむ一般の人にも応用可能
と言えます。ADHDで悩む大人が「自分を客観視し、具体的に変えていきたい」と願うなら、ぜひ本書のワークを試してみてはいかがでしょうか。日々の行動が少しずつ整理されていき、ストレスや不安が緩和されていく手応えを得られるかもしれません。“`
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