著者・出版社情報
著者:モーガン・ハウセル
出版社:三笠書房
概要
私たちが生きる現代社会は、テクノロジーや経済、政治情勢などの変化が信じられないほど速いスピードで進んでいます。SNSやニュースメディアを通じて流れてくる情報量は膨大で、どれほど意識を張り巡らせても、「先の読めない大きな出来事」が突然起きてしまう可能性を拭えません。そんな時代にあって、著者であるモーガン・ハウセルが本書『SAME AS EVER』で提案するのは、「あえて人間の変わらない部分に注目してみよう」という発想です。
リーマンショックや大震災といった歴史的事件を振り返ると、その多くが「予測できなかった」という形で人々を驚かせてきました。しかし一方で、そこには昔から変わらない「人間の恐怖心」や「欲望」、「短期的な思考」といった普遍的な行動原理が見え隠れします。つまり、社会が大きく揺れ動いても、根本となる人間心理がそう簡単に変化しないのなら、まずはそこを理解することが不確実な世界で生き残る上での大きな武器になる――これが本書の主張です。
本書は、過去の多様な事例や金融市場のパターン、さらに一般生活で起こり得る不測の事態などを通じて、「未来を正確に当てるよりも、予測不能の事態に耐えうる仕組みをどう作るか」を具体的に考察していきます。未来は何が起こるか分からないからこそ、「変わらないものをしっかり掴み、変化に備える」ことが、結果的に最も安定した成功へと繋がる――これは、一見して逆説的なようで、実は極めて現実的な人生戦略なのです。
活用法
すべての変化を追いかけるのではなく「変わらない行動原理」を理解する
多くの人が、「時代の流れに乗り遅れないように最新ニュースを片っ端から追う」ことにエネルギーを費やしがちです。もちろん新技術や経済動向の把握は大切ですが、それでもすべてを完璧にカバーするのは難しく、疲れ果ててしまう恐れもあります。本書では、その代わりに「人はなぜ恐怖を感じ、なぜ欲に溺れやすいのか」「いかなる場合にパニックになりやすいのか」といった人間の行動原理を学んでおけば、多くの状況に柔軟に対応できると強調されます。
例えば、株価が急上昇しているからといって“周りに遅れを取りたくない”という心理が発動すれば、リスクの高い投資に突っ込んでしまうかもしれません。逆に、悪いニュースが連発すると“恐怖”に駆られて安易に売却してしまうとか。こうした過度な楽観や悲観が実はいつの時代も人々を翻弄しており、その根本原因は人間の本質的な思考パターンに起因しているのです。だからこそ、「人間ってこういうときにこう動きがちなんだ」という共通パターンを頭に入れておけば、新しいニュースにも応用可能で、過剰に振り回されずに済むわけです。
未来予測より「リスクへの備え」を優先する
リーマンショックの直前も、数多くのエコノミストや専門家が楽観的な見解を示していました。しかし実際には、誰もが事態を的確に予測できず、世界的な金融危機が発生。これこそが“不確実性”の怖さというわけですが、本書の著者は、「予測」に頼る戦略よりも「いつか起こるかもしれない危機にどう対応するか」を考えることが先だと言います。
例えば、個人なら「生活防衛資金を一定額キープする」「投資を一本槍にせず分散する」「保険を上手に活用する」などが考えられます。企業であれば「複数の収益源を育てる」「キャッシュリザーブを持つ」「一極集中リスクを避ける」などの対策が挙げられるでしょう。どれも地味かもしれませんが、いざという時に備えて緩衝材を用意しておくことで、不測の事態に陥ってもダメージを最小限に食い止めることができます。
著者はこうした考え方を、「不確実な世の中でこそ最も合理的なアプローチ」だとして繰り返し提示します。トレンドを当てる人がいても、たまたま一度当たっただけかもしれない。絶えず当て続けるのは極めて難しいならば、むしろ「いつか来るかもしれない最悪のシナリオ」を前提に立ち回る方が安定かつ長期的に有利なのです。
短期的感情に流されない仕組みをつくる
人間は恐怖心や欲望を否定できず、ニュースやSNSの見出しに大きく気持ちを揺さぶられることが多々あります。そこで著者は、「そうした一時的な感情に支配されずに意思決定するための“仕組み”が重要だ」と強調します。
具体策としては、
- 大きなニュースを見たら24時間は動かない:すぐ反応すると感情的になるので、一呼吸おいて頭を冷やす。
- 定期的に自分の目標や価値観を再確認する:週や月単位で振り返りの時間を設け、今の行動が長期目標や軸に合っているかをチェックする。
- ルールベースの投資や行動:感情ではなく事前に決めたルールに従って売買や行動を行う。レバレッジの上限や損切りラインなどを決める。
このように、あらかじめ“感情が暴走しにくい仕組み”を設計しておくことで、時代の大きな変化やセンセーショナルなニュースにも冷静に対応しやすくなります。「自分はどうしても怖がりだから」とか「つい周りに流されてしまうから」と嘆くよりも、環境やルールを整える方が現実的だと本書は説いているのです。
長期的視野と柔軟性を両立させる
不確実な世界でこそ、「長期的な視点の重要性」を捨ててはいけません。一方で、状況が激変したときに計画を微調整できる「柔軟性」も欠かせない。この二つを同時に満たすのは難しいようですが、著者はこここそが大きな鍵だと語ります。
・長期的視野を持つ
自分が10年・20年かけて何を目指すのか、その大枠があるからこそ、短期的なブームや恐怖に流されずに済む。キャリアや家族計画など大きな決断には、やはり長いスパンでのビジョンが必要。
・柔軟性を維持する
未来予測が難しいからこそ、時代の流れに合わせて「やり方」や「手段」を変化させる能力が求められます。テクノロジーが進み市場が様変わりすれば、新しいツールやスキルを身につけることも必要でしょう。あくまで核となる目標や価値観は変えず、プロセスだけを柔軟に変えるイメージです。
こうしたアプローチが確立していれば、ちょっとしたトレンドや大きなニュースに焦らされることなく、「自分は最終的に何を目指しているのか? そこに合う方法は今の時点で何か」と冷静に考えられます。特に激変期にこそ、この冷静さが競争力を生むのです。
安全マージンを確保し、“ブラックスワン”に備える
世界的な金融危機や大災害、パンデミックなど、一般にはめったに起こらないだろうと言われる現象が連続して起きてしまうのが現実の世の中。だからこそ著者は、「いつか想定外のことが起こるのは当然」と前提づけ、そのときに致命傷を避けるための安全マージンの確保がとても大切だと話します。
・家計の安全マージン:貯蓄や低いローン負担、保険の活用など。ギリギリを攻めると、いざ失職や災害が重なると一気に詰んでしまう。
・投資の安全マージン:レバレッジをかけすぎず、ポートフォリオを分散し、いつか来る暴落に耐えられる構成を作る。
・企業の安全マージン:キャッシュリザーブを持つ、複数の事業ラインで収益を分散、特定の取引先に依存しすぎない。
著者は、このような「余裕を残しておく」行動が一見したら保守的に見えるかもしれないが、長期にわたって変化の波を越えていくために非常に有効だと強調します。大きくリスクを取れば早期に大勝できる可能性はあるものの、世界が不確実である以上、それは裏を返すと早期に大敗する可能性も高いのです。
ブラックスワンをいつか踏む前提で行動する
私たちは自然災害や経済危機など、数年・数十年に一度のショックが立て続けに訪れるのを何度も目撃してきました。しかしそれらはいつも「想定外」とされる。本書が説くのは、「いずれにせよいつか想定外が起きる」という認識を持ち、準備を怠らないことの価値です。
投資であればリーマンショックのような突発的な金融崩壊。生活でも大震災やパンデミックといった大惨事。どれも予言できる人はほとんどいませんが、「ブラックスワン的な出来事が絶対来ないなんて言えない」わけです。だからこそ、緩衝材(キャッシュや保険、人脈など)を豊富に持ち、意外な方向からの衝撃にも柔軟に対応できる体制を築くことが、長期的に人生やビジネスを安定させるカギになると本書は教えてくれます。
所感
「同じような失敗や恐慌が昔から繰り返されている」「人間の心理はそんなに変わっていない」という見方は、ある意味では厳しい現実です。しかし、逆に言えば「人間は今後もそんなに変わらない」ことを前提にすれば、最新のテクノロジーや派手なニュースがあっても、そこに必ず共通するパターンを見出せると捉えることもできます。
本書の魅力は、こうした「変化に追われない生き方」を提案しながらも、それが決して時代遅れではなく、むしろ先見性のある戦略として機能する点にあります。未来を細かく当てられなくても、備えをしっかり整えればどんな事態にも比較的しなやかに対処できる。さらに、人間心理のコアを把握していれば、大騒ぎする周囲とはひと味違う落ち着きを保ちつつ、チャンスを的確につかめる可能性が高まる――そういった考えは、まさに不確実性が高い現代だからこそ、多くの人にとって力強い指針となるのではないでしょうか。
まとめ
『SAME AS EVER この不確実な世界で成功する人生戦略の立て方』は、社会や経済がどれほど大きく変動しても、「人間の行動原理」はそう簡単に変わらないという視点から、不確実な時代にこそ活きる人生戦略を説いた一冊です。
主なポイント:
- 人間の心理や行動は昔から似たようなパターン
恐怖や欲望、短期的思考など、根源的な部分はテクノロジーが進んでも変わらない。ここを理解すると、あらゆるトレンドに踊らされなくなる。 - 未来予測ではなくリスク備えを重視
誰もが予測できない事態は常に起こる。だからこそ、いつ起きても致命傷にならない仕組み(分散、キャッシュ余力、保険など)を整えることが肝心。 - 短期的感情を抑える仕組みをつくる
ニュースやSNSで不安や欲が刺激されるのは避けられない。ならば、即行動を避けるルールや、長期目標との照合を習慣化して、感情の暴走を防ぐ。 - 長期的視野+柔軟な方法
変化が激しいからこそ、長期的なビジョンをしっかり定めつつ、道筋を時代に合わせてアップデートすることが効果的。 - 安全マージンでブラックスワンに耐える
どんなに気をつけても想定外は起こる。安全マージン(貯蓄、保険、分散)を確保し続ける姿勢が、長期的な安定と成功に直結する。
著者のモーガン・ハウセルは、行動経済学や歴史的視点を交えつつ、人間らしい失敗や成功の繰り返しから学ぶべき教訓を分かりやすく解説してくれます。まさに今、先行きの見えない世の中に不安を抱える人が多いからこそ、「変わらないもの」を認識し、その上でリスク管理と柔軟性を両立するアプローチが一段と注目されるのではないでしょうか。
世界がいくら変わっても、そこに生きる人間の本質が同じなら、私たちは過去の事例から十分に学ぶことができる。その学びを活かしたうえで、予測不能な出来事に揺さぶられない土台を築き上げる――これが、本書を通じて得られる最大のヒントだと感じます。変化を恐れるのではなく、変化を織り込んだ上で「変わらない人間の性質」にこそ目を向ける。そんな逆説的でありながら説得力ある戦略が、この不確実な世界を生き抜くための最善策の一つなのかもしれません。
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